中土井鉄信
私は2001年から教育コンサルタントをしています。学校の先生や学習塾の先生方の授業研修や調子が悪い学習塾や私立学校を再建すること、また小さな学習塾を大きくする仕事をしています。
その中で私が一番大切にしていることは、子どもや保護者のセルフエスティーム(自己重要感・自己有能感)を向上させることです。人間は他人から重要だと思われているという実感が強くなれば、それだけ自分の可能性を信じることができます。そしてやる気が出ます。このセルフエスティームの向上を実現することを通して、学習塾や私立学校の業績を上げているのです。子どもたちが活き活きとすれば、当然その教育機関は活性化し、人が集まってくるからです。
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話は変わりますが、ここで私のバックボーンを紹介しておきたいと思います。どんな人間が、教育コンサルタントをしているのかを知っておいたほうが、伝わりやすいと思いますので。
私は中学時代から学校の先生になりたいと思っていましたが、勉強は好きな方ではありませんでした。先生になるためには大学に行かなければならないと知って、7大学を受験し、マークシートの入試形式に救われて、まぐれで合格した國學院大學文学部哲学科に進学しました。
大学に入っても、奇跡は続けます。竹内常一先生や楠原彰先生や里見実先生に出会って、非行少年少女の研究や脱学校化社会論や学校文化の研究に目覚め、先生方を通じてイバン・イリイチやパウロ・フレイレ、そしてミッシェル・フーコーやピエール・ブルデューを知り、無条件に良いと思っていた教育に対する考え方を改めました。 また、文化記号学の卒論を書くことを通じて、哲学の神川正彦先生からは絶対的なものの見方の危うさと相対的なものの見方の強さを教わり、大学卒業後参加した討論塾の竹内芳郎先生からは、学問の厳しさを学びました。 たまたま奇跡的に受かった大学で、たまたまめぐり合った先生方にその後の人生に大きく影響を受け、様々な考え方を学んだのです。教師という職業はなんと罪深いものでしょうか。
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大学卒業後は、高校の柔道部の恩師である浦田先生のご尽力で、横浜市立港高校(定時制)の常勤講師が決まっていましたが、(4年次の採用試験は不合格だったので、浦田先生が、その当時港高校で柔道を教えておられた縁でその学校の校長先生に私を推薦してくれ、校長先生と面接をして決定していました。)卒業時に教員免許に必要な地誌学の単位を落としてしまい(目の前が真暗闇になりました)、結局、就職はなくなり、致し方なく、教職浪人として学習塾でアルバイトをすることになったのです。 これが、私の社会人としてのスタートです。大失敗から私の社会人生活は始まるのです。
「教育で金なんて稼ぐものか!」と思っていましたので、その当時一番時給の安い学習塾を探して、アルバイトを始めました。そして、確か3月20日前後に、初めての授業を受け持ちました。
初めての授業はなぜか、中学1年生の数学でした(社会の教師になろうとしているのに)。数学の最初のところだから、誰にでも分かるだろうと思って、何も勉強せずに初めての授業に臨みました。
授業がちょっと進んだ時に、見慣れない単語の「絶対値」という言葉が出てきました。「なんじゃこれ!?」、「知らねぇぞ!」と焦ってみても、子どもたちは、じっと私の方を見ています。「まずい!」そう思ったときには、「絶対値というのは、絶対的な値(あたい)なんだ。分かったか!」と言ってしまいました。 「何も説明してないじゃないか!」「こんなことでいいのか!」と自分の心の中で責めてはいましたが、脂汗が流れながらも何食わぬ顔をして授業を続け、生涯で一番長い授業は終わりました。 私の最初のプロとしての授業がここからスタートしたのです。顔から火が出ただけではありません。自分自身が打ちのめされたのです。大学を卒業しているにも関わらず、中学1年生の最初の数学すらできないのです。なんという低学力! そして、お金を頂いてする初めての授業なのに、こんな不誠実な姿勢を曝け出してしまったのです。なんて情けないんだろうという自己嫌悪。教師としてのスタートも大失敗だったのです。
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「もう二度と、こんなことにはならないようにしよう」と決心しました。「初心忘れべからず」は芸事に対する有名な世阿弥の言葉ですが、その意味は、習い始めの時に上手くいかなくて恥ずかしい思いをしたことを忘れないで、日々精進していけという意味です。私の「絶対値」は、あの時以来私が努力をすることの原動力になりました。
あの初めての授業から20数年、現場で困ると、教育関係の書籍だけでなく、色々なところからヒントをもらって、色々な壁を乗り越えてきました。そして私は、私なりの教育観を形成してきました。その教育観を基に現場で現実と戦って学んできました。私たちの会社のコンサルタントとしての力・スキル・ノウハウはそうした経験知の中から抽出されてきたものです。
中土井鉄信著 ≪図解&場面でわかる≫プロ教師の「超絶」授業テクニック(明治図書)序文に改稿をし、掲載しました。




